このミストは、スティーブン・キングの中編小説を原作としている、いわゆるモンスターパニックホラー作品で ある。
監督は、同じくスティーブン・キングの「ショーシャンクの空に」や「グリーンマイル」など大ヒット作を生み 出したフランク・ダラボン。
このダラボン監督は、監督業よりも製作・脚本業が中心でありその道で高い評価を得ており、意外なほど監督作 品は少ない。
そんな彼が久しぶりにメガホンを取ったのが本作「ミスト」である。
注目したいのが、本作では監督・製作・脚本すべてをかねているといった点である。
それぞれの分野で一流の名をほしいままにしているダラボンが、「ショーシャンクの空に」や「グリーンマイル 」等とは異なるキングの正道「モダンホラー」をどう表現するのかが見所である。
舞台は、アメリカの田舎町。
激しい嵐の過ぎ去った翌日、不穏な霧が町を覆い、主人公が偶然居合わせたスーパーマッケットを中心に進行す る。
この作品で何よりも興味深いのが、窮地に陥ったときの人間の行動と選択である。
「霧の中に何か」の正体を幾人かはやがて知ることになるのだが、それを信じない幾人かの人々との衝突を初め 、どんな怪物より恐ろしい人間のエゴが、このスーパーマーケットと言う密閉された空間に渦巻く。
このような状況に陥いると人数が多ければ多いほど分裂し、それぞれのエゴがむき出しになるのはどの映画でも 見られるパターンであるが、この作品ではその描き方が面白い。
この作品では、人々は3つのグループに分かれる。
1、主人公であるデイヴィッド率いる少数勢力。 彼はいわゆる現実主義者で、危機的状況を冷静に見極め、打開する努力をする人物である。
2、ニューヨークのやり手弁護士ノートン率いる少数勢力。
デイヴィッドと以前、隣地境界を巡り争い、結果的にディヴィッドが勝訴したという過去があり、犬猿の仲である。
彼はカチコチの現実主義者で、自分の目で見たこと以外信じようとしない。
3、そして、狂信的な宗教者である骨董品店の女主人ミセス・カーモディ率いる勢力。
元々は単なる変わり者の狂信者とみなされていたが、危機的状況が深まるにつれ、彼女はカリスマ的宗教のリーダーとなって行く。
人間絶対絶命の危機になると、「何かにすがりたい。」いわゆる神頼み的心情になることも否めない。 まして、彼女の予言が的中すればするほど、彼女がまるで神の代弁者の如く存在となり、支持者には救世主のよ うに思えてくるのである。
この3つのグループが、反目しあう。
そして、それぞれこの危機的状況から脱するための「選択」を下すのである。
このミストは、この「選択」と言う言葉がずしんと重くのしかかってくる作品であると言える。
特に「驚愕のラスト15分」といわれている結末を見た後では、誰しもそのことについて考えさせられるであろう 。
このラストの展開は原作にはなく、この映画の為にフランク・ダラボン監督がキングに承諾を得て書き加えたものである。
キング自身、そのラスト展開のアイデアを考えつかなかった事を大変悔しがったというのも大いにうなずける。
ただ、このラストによって作品の評価が賛否両論に分かれることも予想されるが、私はこの結末があってこそ、単なるモンスターパニックホラーで終わらず、皮肉と悲哀が織り交ざり、余韻の残る作品に仕上がったと思う。
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