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映画
戦場のアリア - Joyeux Noel

戦場のアリア image

ジャンル:ドラマ・コメディ
監督:クリスチャン・カリオン
出演: ダイアン・クルーガー 、ベンノ・フユルマン、ギヨーム・カネ
日本公開:2006年4月
製作国:フランス・ドイツ・イギリス
評価:★★★★

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icon 戦場のアリア−ストーリー

第一次大戦下のクリスマスの日に実際に起こった出来事を基にした感動の戦争ドラマ。
1914年、第一次大戦下のフランス北部デルソー。
わずか数十メートルを隔てて築かれた2つの塹壕。
一方には優勢に進めるドイツ軍。
もう一方にはスコットランド軍の援軍を得てねばり強く戦うフランス軍。
激しい戦闘が続き、両軍とも譲らぬままやがてクリスマスを迎えようとしていた。
そしてクリスマスの日、ドイツ軍の塹壕にはたくさんのクリスマス・ツリーが飾られた。
その日、花形テノール歌手のニコラウスは、皇太子の前で歌を披露することになり、本国からやって来たソプラノ歌手の妻と久々の再会を果たす。
コンサートを終え妻と共に塹壕に戻ってきたニコラウスは、ツリーを手にノーマンズ・ランドへ歩み出ると、素晴らしいテノールを響かせた。
すると、スコットランド軍はバグパイプの伴奏で応じ、 いつしか最前線には、3ヵ国の兵士たちによる“聖しこの夜”の合唱がこだました…。

 
icon 戦場のアリア−感想

またひとつ素晴らしい反戦映画が生まれた。
反戦映画の名作と言えば、私は1966年フランス映画『まぼろしの市街戦』を真っ先に思い出す。
戦場のアリア
戦場のアリア
戦場のアリア
戦場のアリア

双方とも第一次世界大戦を舞台にした映画であるが、 『まぼろし〜』がファンタジックなブラックユーモアに対して、この『戦場のアリア』は、実話を基にした物語である。

クリスマスの夜、敵対し合う国々の兵士達がつかの間の休戦中、友情を交わすと言ったストーリーなのだが、その友情を築くきっかけとなったのは、日本人にもおなじみの『聖しこの夜』である。
クリスチャンでなくとも世界中に知れ渡るこの曲は、まるで清らかな空気のように、この世の醜さを覆いつくし、洗い流すかのよう荒れ果てた戦場にこだまする。

クリスチャンだけでなく、戦場の兵士にはユダヤ教や無神論者もいる。
しかし誰もがこの神聖な歌に耳を傾け、そして次の瞬間、敵対する兵士達が『戦争』と言う意味のない呪縛から解き放たれ、それは国境や人種を越え一人の『人間』としてお互いを見ることに目覚めたのである。

それは逆に彼らにとって、苦難の始まりでもあった。
つかの間の休戦は、この戦場にいる兵士達の秘密であって、互いの上層部は知らない。
どんなに互いを認め友情を育もうとも、彼らは殺しあう運命に逆らうことは出来ないのである。

彼らは互いの生存を願い、また人間として尊重し合い、たった一晩限りの休戦は次の日まで及ぶ。
野ざらしになっていた互いの兵士を葬り、これで最後にしようと約束を交わす。
しかしドイツの砲撃が始まると言う連絡が入ると、ドイツ将校はフランス・スコットランド兵の元に出向き、『砲撃が始まるから、こちらの塹壕へ』と彼らを誘い、死の危険から救う。
砲撃が終わると『今度は報復があるから、こちらの塹壕へ』とドイツ兵をフランス・スコットランドの塹壕へと誘う。

いっそ彼らを憎めたらどんなに幸せであろうか。
彼らを知らなければ、互いを人間として認め合わなければ、こんなに苦しむこともなかったであろう。
軍人としての使命は、『勝利』=『相手の死』である。
しかし彼らには、もう互いを殺しあうことなど出来ない。
ドイツの将校がフランスの将校に『君とは別のどこかで出会いたかった』
『うん、旅先とかでね』
彼らは互いの友情を育んで初めてこの『戦争に対する意義』に疑問を持ったこであろう。

これはすべての戦いに言える事である。
戦争を仕掛ける本人は、決して砲弾の危険に身を晒し、恐怖に怯えることはない。
昨今では、イラク戦争が記憶に新しいが、仕掛けた本人ブッシュ大統領は、完全防備な居心地のいいホワイトハウスでぬくぬくと戦争ゲームに高じている。
取り巻く政治家達も同様、彼らの子息や親族が戦地に赴き、身の危険に晒されることは皆無と言っていいほどである。(全政治家で、戦地に赴いている息子がいるのはたった一人だけ)

昔、上記で述べた映画『まぼろしの市街戦』を観た時、ちょうど湾岸戦争の真っ只中で、『フセインに見せてやりたい』と思った記憶がある。
この映画は『ブッシュ』に見せてやりたい。
しかし、したたかでご都合主義の彼のこと『イラク人とアメリカ人が友情を育むことなど、アメリカがもし最期の時を迎えようともありえないこと』と一喝されることであろう。(笑)

この物語は、兵士達が家族に送った手紙によって、この秘密の休戦が公になり、幕を閉じる。
誰しもこの映画を観終わって、『戦争の意義』について考えさせられることであろう。
このような事実が、第一次世界大戦に存在したということは、素晴らしいことであると思う。

しかし、見終わった後、ひとつ疑問が残る。
それは、、ソプラノ歌手のアナ・ソレンセン(ダイアン・クルーガー)の存在である。
彼女は監督が歴史に加えた架空の女性であり、金髪で赤い服を着て、戦場には存在しない、男たちの夢のすべてを体現している『妻であり母であり、美であり、ぬくもり』だそうである。
確かに彼女は美しい。
しかし、シャープでクールな美貌は『ぬくもりや母性』とは程遠いものであり、また口パク見え見えのオペラシーンは、現実に引き戻され、少々興ざめしてしまった。
この映画に女性の存在が必要不可欠なのか疑問である。
戦場は男のものであって、それでいいのではないだろうか?
私には、戦場までのこのこ付いてくる『自分勝手な女』としか映らなかった。
そして最後に『夫と離れるのはイヤだから一緒に捕虜にしてくれ』とフランス軍に自ら出向くとは何たることか!?
他の兵士にも同様愛する家族がいる。
皆、恋しさに狂わんばかりであろう。
著名なオペラ歌手で、ドイツ皇太子とも親しい立場にいるという特権を持って、夫を追い戦場まで出向くとは、なんとまあ呆れた行動である。

男がいたら女がいないといけないと言うこの世の図式は、戦場には当てはめなくてもいいのではないだろうか。
この女性の存在がなかったら、この映画は反戦映画の秀作として『まぼろしの市街戦』同様語り継がれるだろうに、その点が大いに残念でならない。

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